代表プロフィール ~Dahlia起業物語~

ご挨拶

Dahlia代表のミヤマ ワカコです。

20代は、大手アパレルブランドで約7年勤務しておりました。男女問わず、ドレス・カジュアル含めて延べ1万人以上のあらゆる方にあらゆる洋服のご提案をさせていただいておりました。

そこで培われた経験に、パーソナルカラーの知識が加わったとき、「なるほど!」と目からウロコが落ちまくりの衝撃を覚えました。

はじめての方へ ~私のカラーストーリー~
私が色と出会ったキッカケから今に至るまで~カラーストーリー~を書きました。時間のある方は、ぜひお読み下さい。

衝撃を受けた私は、すぐに”色”の勉強をはじめ、”色”を活用できるようになった時、この感動と衝撃を多くの方に感じて頂きたい、”色”を活用して、自分の人生を楽しめるようにお手伝いをする仕事をしたい!と思い、”色のよろず屋さん”を目指して、Dahliaをはじめました。

資格

  • JNECネイリスト検定3級
  • FTAカラーコーディネーター(色彩検定2級)
  • サイアート パーソナルカラーアナリスト

プロフィール

私自身の振り返りになります。取るに足らない私の人生ですが、今の私になるまでの愛すべき過去たちです。

色んな人に出会い、色んな人に迷惑をかけ、色んなことを教えていただきました。もし順風満帆に生きていたら、きっとたぶん、いや絶対、今よりちょっぴり性格悪くなっていたと思います。

そんな人生に敬愛の気持ちを込めて。。。自分自身の人生を振り返ってみます。

1983年  姫路市で2人兄妹の妹(長女)として生まれる
1986年 五字ヶ丘幼稚園入園
1990年 姫路市立城乾小学校入学
1994年 姫路市立城北小学校転入
1996年 姫路市立広嶺中学校入学
1999年 兵庫県立姫路東高等学校入学
2002年 (旧)学校法人 大阪コミュニケーションアート専門学校(新:大阪エコ海洋動物専門学校)入学 動物看護士コース専攻

Dahliaを起業するまでの物語

動物アレルギーで小さな頃からの夢を断念

小さい頃から、動物が大好きで、将来の夢は「動物を助ける仕事をすること」でした。

ですが、何の因果か、動物の専門学校に進んでから、元々もっていた動物アレルギーが悪化。最終的に、ドクターストップで動物の仕事を泣く泣く断念することになりました。

正直、「動物を助ける仕事」以外、やりたいことが無く、先の未来を思い描くことができずに、就活もせずにフリーター突入。(汗)

1年間、本気のフリーターで仕事を掛け持ち!

昼間はカフェ、夜は居酒屋とか。居酒屋から別の居酒屋へはしごとか。とにかく数か所のバイト先を時間毎に移動しながら働きました。そこでタフさと、仕事のストレスは仕事で解消するということ学びました。(笑)

1年間、本気のフリーターをやってみた結果、やはり先が見えなさ過ぎて(当たり前)「目標なくしてフリーターなんてするもんじゃない」と気づき、地元の姫路に戻り、職探しをすることに。

地元に戻って、動物の次に好きなものを仕事に!

ただ戻ったはいいが、「目標」も「ビジョン」も無いものだから、何をしたら良いか?全く分からず、単純な私は「動物の次に好きなものに関わる仕事にしよう!」と、「音楽」か「洋服」の世界に飛び込んでみようかと考えました。

アパレル業界は・・・キラキラしすぎて自信ないな~と思い、ならば「音楽に囲まれたい」と、地元の大手CDショップに面接へ。無事、当時の店長に気に入られ、フルタイムのバイトを始めることに。(バイトなのに、倍率が10倍ぐらいある人気ショップだったそうです。)

CDショップでは、担当ジャンルが聴いたこともない洋楽になり、自暴自棄になりそうでしたが、そこは本気のフリーター期に鍛えられたタフさ気合と根性で、がむしゃらに洋楽に喰らいつき、1年後の査定ではまさかの店内1番の評価をいただきました。
何を評価されたかは忘れましたが、何か褒めちぎられた記憶があります。正社員も近いかもよと言ってくださった方もいましたが、ちょうど時代は音楽ダウンロードが出だしたころ。

CD業界の将来厳しいだろうな~と野生の勘(笑)が働き、長居は無用と1年で転職を決意。20代の頃は、いわゆる「会社勤め」のような堅い仕事をしようと思ったことがありません。(笑)

好きな服が仕事になり、人として社会化できた!

残るは「洋服=アパレル」のみ!ということで、次は1年で、、、とならずに、むしろ30歳、40歳になっても働けるところで、保障もしっかりしているところがいいよな。

と、本当は好きなセレクトショップもありましたが、やはり社員登用も大事よね~と、ある大手ブランドをチョイスし、こちらも運よく面接で気に入っていただき、採用になりました。

いよいよ憧れのアパレルショップの販売員になるわけですが、本当にこの会社で人として「社会化」できました(笑)

会社自体もしっかりしていますが、スタッフの方々の人間力が素晴らしい方たちばかりで、熱く強く優しい人ばかりで、自分もそうなりたいと日々励みました。

鼻をへし折られ、悔しくて泣きまくり、嬉しくて泣きまくりました。今でも「あの会社、なんであんなに熱かったんやろ」って思ってますが、いまだに心に残る上司、先輩、頼もしい後輩達がたくさんいた会社でした。

本当はもっと続けたかったのですが、地元に店舗がなく遠方の勤務地ばかり。ほぼ終電で帰る毎日(今思えば自分の仕事が遅かっただけですが、、、)に、体がついていかなくなり、またもや転職を決意。

こちらの会社は、7年続けることができました。人として社会化して頂き(笑)、普通の社会人となれたのは、この会社のおかげです。本当に感謝です。

オフィス仕事に目覚めて、一般事務員に!

一通り、自分のやりたかった仕事を経験した後、初めてオフィス勤めに興味が持ち(笑)、経験が無かったので、取り急ぎで簿記にパソコンの資格を取得し、一般事務員として企業に就職し、数年が経ち、アラフォー突入の独身女。

同じ年頃の方なら誰でも経験があると思います。独身のまま30代も半分を過ぎ、「このままで大丈夫?」という不安感が頭をもたげる。「口に出すと本当になる」と思うタイプなので、口には出していなかったけれど、何かしら漠然とした不安感を持っていました。

「もし、このままずっと一人で生きていく場合、今の仕事のまま楽しくやっていける?」とか、ちょっと想像しようにも、なんだか明るい気分になれない。そんな時、子宮の病気が発覚しました。

2019年9月、子宮内膜ポリープ除去手術で「子宮体がんステージ0」の状態だと分かった。

少し長くなりますが、同じ状況の女性がいれば、すぐに病院に行って欲しいので、私の経験を書いておきます。

2019年の2月か3月、元々経血量は多めだとは思っていましたが、驚くほどの出血量がありました。でも、出血量以外は特に気になる変化は無く(今となれば、これこそ十分に大きな変化でした!)、それほど気にしていませんでした。

そんな生理が3回くらい来た6月に、今度は不正出血がでるようになりました。その出血量は、多めのおりもののようなレベルだったので、「きっとホルモンバランスがくずれているんだ」と呑気にしていましたが、その出血がまたなかなか止まらず、2週間続きました。

2週間も不正出血が続くと「何かが起こっているかも!?」と急に不安になりましたが、婦人科なんて長らく行ってなかったので勇気が出ずに、「このままあと1週間続いたら行こう!」と謎の期限を作り経過観察しました。

結果、出血は続いていたので、断念して婦人科へ。エコーでみてもらった結果、「1.5cmの子宮内膜ポリープが出来ている、そのポリープの影響で出血している可能性が高い」ということで出血を止める薬を処方してもらいました。

「ポリープは、基本的には良性であることが多い。ごくごくたま~に悪いパターンのものもあるけれど、取らないと分からない。すぐ危なくなるものではないので、取りたくなったらまた言ってください」との先生の言葉に、ホッと胸をなでおろし、「では気が向いたら(取る気になったら)また来ます」と行って病院を出ました。

「ポリープで良かったー。」と安心しながら調剤薬局へ行きました。ベテランの薬剤師さんが対応してくれたので、軽い気持ちで「今、先生のところでポリープって言われたんですけど、取ったほうがいいでしょうか」と聞いてみると、「(食い気味で)ぜっっったい取ったほうがいい!!!」と断言されて。

「えぇぇぇぇ~~~!!マジで~~!?ファイナルアンサーですか~!」と、心の中ではどんでん返しにあった感覚になり呆然としましたが、この薬剤師さんの言葉のおかげで(Mさん、本当に感謝しております!)、今の状態について本気で調べ考え、ポリープ除去手術を行うことにしました。

そして、3か月後の2019年9月にポリープ除去(子宮内膜掻爬術)手術を行いました。手術を決めててから実施するまでの3カ月間、出血を止める薬を飲んでいたのに、状態は変わらず経血量は大量でした。(今思えばやっぱり異常です!)

手術で摘出したポリープを検体に出した結果、良性ポリープではなく「複雑型子宮内膜異型増殖症」という診断がでました。先生が言われていた「ごくごくたま~にある悪いパターンのもの」でした。

子宮体がんの前癌病変として、「子宮体がんステージ0」とされるとのこと。”がん”と名前のつく状態にあることにショックを受け、その日からネット検索魔に変身です。

検索しまくってみても、この病気についての情報が本当に少なくて、何を読んでも「子宮を温存する場合は、ホルモン治療。それ以外は子宮全摘出」としか書いておらず、「摘出した場合、体がんを既に併発している可能性もある」とか、不安感を煽られるような文章ばかりで、精神的に辛い時期でした。

ポリープ除去手術後も経血量が変わらず大量だったので、「私の子宮、本当に病気なんだ、、、」と実感する日々。

先生には「100%の根治は子宮の全摘出のみ」と言われましたが、「結婚もしたいし、出産もしたい!」という気持ちが強く、「子宮温存・ホルモン療法」を選択し、現在、毎月のホルモン剤服用と、定期的に内膜掻爬の手術や体がん検査を行って様子を見ています。

私は、経血量の異変から病院に行き、薬剤師さんの強い助言でポリープ除去手術を受けたことで、ステージが進む前に気付けました。早く気付けたことはラッキーだったと思っていますが、それでも何度も涙することがあったし、以前よりもっと将来が不安になりました。

ネガティブ思考に陥っていた時、気分転換のパーソナルカラー診断が人生を変えた!

子宮の病気のこともあり、ぐるぐる考えてばかりで、現状は打破できず、いつの間にか、ネガキャン人間が出来上がってました。

無意識で作り上げたネガティブ思考の自分。この状況を変えたいのに、何もしていない。できない。行動しないから変化も起こらず、そんあ自分に自信がない。と負のスパイラルに陥っていた時期。

気分転換を兼ねて、思いつきて行ったパーソナルカラー診断で、私の人生がカラフルなものに変わり、「私も、パーソナルカラー診断を行って、私のような人を笑顔にしたい!」と、新たな夢を見つけることで、私の人生に光が灯りました。

「このまま人生終わらせたらあかん!体も大事にしなあかん!アラフォーなのだから!自覚するのよワカコ!」とも思えるようになり、カラーの勉強にも力が入りましたし、生活習慣の改善もしようと毎日お弁当を持っていけるようになりました!(いまだかつてない大変化!)

長く書いてしまいましたが、私が伝えたいことは、「いつもと違う」と何か異常を感じたり引っかかったりしたなら、迷わずすぐに病院に行こう!です。特に不正出血や異常な量の経血量が続くことがあれば、病院に行きましょう。

何かあれば対処すれば良し。何も無いと分かれば漠然とした不安感から自分を救うことができますからね。

そして、【Dahlia】が誕生!

偶然の中の奇跡の出会いにより色の勉強をはじめ、色彩検定にパーソナルカラーの資格を取得はしましたが、これらをどうやって仕事にしていけば良いのか?起業するには、今の仕事を辞めないとダメなのか?と、またまた悶々を悩む日々。

何か良いヒントをもらえたら!と思い立って、手相観ぱなせさんの手相鑑定に!そこで、あれよあれよと話が盛り上がって、帰る時には【Dahlia(ダリア)】という屋号が決まり、このサイトを作る話まで決まっていました。

20歳でフリーターからスタートした社会人生活。なんともバラバラな職種で、様々な経験をしてきましたが、その全てが無駄ではなかったと、重ねた経験を全て拾い集めたことで気づけました。

病気を経験することで、自分の人生を考え、もっと自分らしく人生を楽しみたいと強く思うようにもなりました。不安感を抱えて日々を過ごすより、夢を持つことで将来への不安感を小さくして、人生を楽しんでいきたいと思っています。

これら経験と”色”の学びを掛け合わせて、これから出会う方々に喜んで頂けるサービスを提供していきたいと思っています。Dahliと共に、よろしくお願いしたします。

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